高校ラグビーを通しての人間教育

私は高校で親元を離れ、寮生活をしていたということあり、自分の高校生活の3年間はとても濃いものでした。

今回はラグビーを通して学んだことを話そうと思います。

高校ラグビーは不思議なものでただラグビーの練習をしているだけでは勝つことはできません。日常生活がこれほどまでラグビーのパフォーマンスに影響が出るものだということは意識をしなければ気付くことすらできませんでした。大谷翔平がごみ拾いは運を拾っているといっていたように、日常生活での働きは良くも悪くも気付かぬところで出てきます。それに気付くことができた私は高校での日常生活の質を上げることをラグビーの練習と同じくらい意識しました。

もう一つ私が不思議に感じたことがあります。それはチームとして多くの困難を乗り越えた方が強くなるということです。私たちは高校生ということもあり、練習だけでなく日常生活の中での失敗を多くしてきました。それはチームにとってはマイナスでしかないような無駄に思える失敗をする年代ほど良い結果を出しているように思います。部活動ができなくなるといって状態に何度もなり、その度にチームでミーティングをし、私たちではどうすることもできないこともミーティングをし、そのミーティングは意味があるのかと監督、コーチに怒られまたミーティングをするといった繰り返しでした。ですが、そういった問題を解決するために行動することで、チームとしての結束を強くしていました。

 

高校ラグビーほど不思議なものはないと思います。どんなに春の選抜大会で力があっても高校生の力は一年で簡単に逆転します。3年間しかないなかで花園であれほどのパフォーマンスを出すことができるのは凄いことだということを実感しています。

 

ラグビー経験者は多くの人が尊敬する人に1人に自分の高校ラグビーの監督を入れる理由はここにあります。勝ち続けるチームになればなるほどこれは濃いものであると考えます。ラグビーを通しての人間教育というのはここのことをいっていると私は思います。